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実母との免許返納に至る100日戦争:データと心理戦の裏側

高齢ドライバーによる交通事故のニュースが報じられるたび、世間では「高齢者の免許返納」についての議論が巻き起こります。SNSやメディアでも賛否両論が飛び交いますが、我が家と実母の間で繰り広げられた免許返納を巡る駆け引きも、振り返ればなかなかドラマチックなものでした。

当初は「こんなプライベートな話に、世の中の人が興味を持つだろうか」と個人的には疑問に思っていました。しかし、高齢ドライバーを抱える多くのご家族にとって、私たちが直面した葛藤や試行錯誤のプロセスには、何かしら参考になる部分があるのではないかと考え、少し前の話にはなりますが、こうしてブログという形でまとめることにしました。

私が実母の運転について強く意識し始めたきっかけは、2019年に池袋で発生した高齢ドライバーによる母子死亡事故でした。私が当時も今も暮らしているのは、事故が起きた豊島区と隣接する板橋区です。配偶者と幼い子どもを一瞬にして奪われたご遺族の境遇を思うと、距離的にも、家族構成的にも近いと感じて、とても他人事とは思えず、自分自身をそこに重ね合わせて考えざるを得ませんでした。

「もし、朝まで楽しい会話をしていた自分の家族が、一瞬にして天国に行ってしまったとしたら……」

そんなことを想像するだけで、息が詰まる思いです。もし自分がそんな境遇になったら、気がおかしくなってしまうかもしれない。場合によっては、加害者に対してどうにかなってしまうほどの怒りと絶望に駆られていたかもしれません。そんな極限の状態にならずにはいられないほど、あの事故は私にとって大きな影を落としました。

さらに、自動車事故に対して敏感に感じ、事故の原因やその再発防止策に注目していた背景には、会社員時代に3年ほど、担当エリア内の事故原因究明と再発防止を議論する会議を主催していた経験も影響しています。安全とは何か、事故を防ぐためにはどう向き合うべきか。現場の関係者と知恵を絞り続けた経験があったからこそ、この問題の重みを痛いほど理解し、注目していたのです。

実母のマニュアル車へのこだわりと、忍び寄る不安

そのように交通事故のニュースを注視し、我が身を振り返っていたある日、ふと「自分の身近に、将来の加害者となりそうな人はいないか」という現実的な疑問が頭をよぎりました。

真っ先に思い浮かんだのが、離れて暮らす実母の存在です。実母が運転免許を取得したのは、私たちが学生時代だった頃であり、世間一般から見れば比較的遅い方でした。それでも、仕事で帰りが遅い実父に代わって、私たちの子どもの送り迎えをしてくれたり、車で外食に連れて行ってくれたりと、非常に助けられた記憶が今でも鮮明に残っています。

母の車に対するこだわりは相当なものでした。最後までマニュアル車(MT)にこだわり続けていました。一時期、「そろそろ実家の車をオートマ車(AT)に変えたほうがいいのではないか」という話が出たときも、母は断固としてその提案を拒否しました。その後も車を買い替える際の絶対条件として挙げたのは「マニュアル車であること」。母曰く、「オートマ車はブレーキを離すだけで勝手に動き出す(クリーピング現象)のが怖くて、とても乗れない」と豪語し、当時車選びを担当した弟が頭を抱えて、車探しに相当苦労したというエピソードがあるくらいです。

そんな母も、年齢とともに運転の機会は減っていったものの、私が最寄りの駅まで来たときに「迎えに行くよ」と自ら運転を買って出てくれたことが何度もありました。当時の私としては、少しでも安全運転を続けてもらい、生活の足として必要であれば運転をエンジョイしてほしいと願っていました。

時々、ドアミラーが折りたたまれたまま運転している姿に遭遇し、「ミラーがいらないなら捨てちゃえば?」などと憎まれ口を叩いたこともありましたが、この頃はまだ、笑い話で済む日常が続いていました。

ペンにキャップが入らない瞬間と、噛み合わない議論

状況が大きく変わったのは、池袋の事故からしばらく経ったある日のことです。実家に帰省した際、母がペンにキャップを挿そうとしている場面に偶然出くわしました。

その手元が、どうにもおぼつかないのです。目の前で何度もキャップを挿そうとするのですが、一向にはまらない。それが結構な長きにわたって繰り返されているのを見て、私は言葉を失いました。 「遠近感が、わからなくなっているのではないか?」

そこから始まったのが、我が家の「免許返納を巡る攻防戦」でした。 改めて母に「遠近感はどう?」と確認してみると、「よくわからない」という答えが返ってきました。「その状態で運転しているのか?」と問えば、「そうだ」と悪びれもなく返ってくる。 「池袋の事故は知っているよね?」と聞けば、もちろん「イエス」。 「遠近感に異常が出ているのなら、交差点の手前の横断歩道を渡っている人と、奥の横断歩道にいる人の区別がつかなくなるということだよ?」と突っ込むと、母は「かもしれない……」と言葉を濁しました。

ならば即座に「それならもう免許返納だね」と迫った私に対し、母はこう言い放ちました。 「私はマニュアル車に乗っているから、何かあればクラッチを踏む。だから事故にはならない、大丈夫なの!」

この瞬間から、完全に会話の噛み合わない平行線の議論が始まりました。 会うたびに「まだ運転しているの?」と聞けば「Yes」。「事故が心配だよ」と訴えれば「近所の運転だから大丈夫」の繰り返し。

そして、一大決心を固めて「いい加減、免許を返納したらどうだ」と真剣に提案したとき、母はしおらしく聞き入れるどころか、想定外の大反対を始めました。これまでの長年の運転経歴や、無事故・無違反の実績を並べ立て、「とにかく私は絶対に免許返納しない」の一点張りです。

「事故を起こしたら取り返しのつかないことになるんだ」と説明しても聞く耳を持たず、自信の塊となっている人間を説得することの無意味さを、私は身をもって痛感させられました。まともに真正面からぶつかっても、事態は1ミリも進まない。そこで私は、アプローチを根本から変える必要性に気づいたのです。

一択から二択へ、そして生まれた「運転継続計画(DCP)」という答え

当初、私は実母に対して「免許返納するべきだ」という一択で迫っていました。しかし、「運転できないと生活ができない」という母の主張と真っ向からぶつかり、議論は完全に膠着。にっちもさっちもいかない状況に陥っていました。

そのとき、「一択でうまくいかないなら、選択肢を増やして本人に選んでもらう形にすればいいのではないか」と思い至りました。そこで提示したのが、次の2つの選択肢です。

  1. すぐに免許返納する
  2. 様々な安全対策を考え、それを実行しながら運転を続ける

「どちらがいい?」と尋ねたところ、免許を絶対に手放したくない母は、後者の「安全対策を考え、運転を続ける」方を選びました。これでまずは第一関門を突破し、議論をテーブルに乗せることに成功しました。

しかし、本当の勝負はここからです。「安全対策を考え、実行する」とは具体的に何を意味するのか。

当初出てきた対策は、「安全に気を付ける」「スピードを出さない」といった抽象的なものばかりでした。これではまるで「神様に事故が起きませんように」と祈っているのと何ら変わりません。そこで、安全運転に必要な要素を一緒に徹底的に議論し、細分化・マトリクス化して一つひとつの項目を実施できるか検証する作業を実施しました。

すると、「これもしなければならない」「あれも気を付けなければならない」と、現実的に実施すべき事項が次々と浮き彫りになってきました。

そして、すべての対策が出揃った段階で、「じゃあ、これを全部やろうね」と改めて提案しました。その瞬間、母の口から思いがけない言葉が飛び出したのです。

「こんなにたくさんやらないといけないのなら、運転はもういいわ」

なんと、母の口から自発的に「免許返納する」という選択が下されたのです。一番驚いたのは、他ならぬ私でした。 母は、若い頃にはできていたことが年齢とともに難しくなっている現実を、心のどこかで薄々自覚していたのでしょう。この丁寧な話し合いと可視化のプロセスを通じて、それが確信へと変わったようでした。

「自分の体に抗ってまで無理に運転を続けるより、もっと別の楽しいことに打ち込むことにする」。そう言って、母は心から納得した様子で免許返納の決断を下しました。

この実母との100日間に及ぶリアルなやり取りの経験。それこそが、現在私たちが提唱している高齢ドライバーのための「運転継続計画(DCP:Driving Continuity Plan)」につながり、ドライバー自身が運転の理想像や現在地を発見する「3Dカード(Driver’s Desire Discover Card)」を開発する、大きな原点とヒントになっています。

無理な取り上げでも、放任でもない。本人が納得して人生の選択をするプロセス。これが、今後多くの高齢ドライバーとその家族を救うためのヒントになれば、と考えています。

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