
2026年10月21日、山梨大学で開催された「これからの高齢ドライバ対策を考える」というシンポジウムに参加してきました。
会場には高齢ドライバーの免許問題について日頃から研究されている著名な方々が登壇されていました。「いかに高齢者の生きがいや自由な移動を奪わずに、安全に運転を続けられるか。」そのような観点から、熱い議論や最新のサービス・技術等も紹介されており、大変勉強になる一日でした。
しかし、質疑応答の中で出たある一つの質問が、私の頭から離れなくなりました。
「損害保険会社などが事故防止の優れたシステムを作っても、高齢ドライバー自身が『自分には必要ない』と考えてしまい、なかなか自分事として受け止めてくれない。どうすればよいか?」
これに対する登壇者の回答は非常に明快なものでした。 「客観的な数値で状態を示しても、自分事にならないのが実態。数値ではなく、もっとアナログなやり方をすることで、初めて自分事として考えるようになるかもしれない」というものでした。
人を説得する際、データを数値で示すのは常套手段だと思い込んでいました。自分の運転に強い自信を持つ高齢ドライバーに対して客観的な数値を見せても、その「自信」の前に数値がかき消され、受容すら拒否されてしまう……。
このやり取りを聞いた瞬間、私がこれまで心の中で抱いていた「もやもや」の輪郭が一気にクリアになる予感がしました。
断絶された「2つの山」と、ターゲットの誤解
これらの議論を聞く中で、頭の中に浮かび上がってきたのは、2つの巨大な「山」のイメージです。
一つは、「事業者の山(右の山)」です。 高齢ドライバーに安全に車を乗り続けてもらうため、様々な職種の人たちが知恵を絞り、サポカーのシステムや各種サービスを開発しています。その技術やアイデアは進化し続け、山はどんどん高く大きくなっています。
もう一つは、「高齢ドライバーの山(左の山)」です。 ここには、年々増加する高齢ドライバーの数と、長年無事故でやってきたという「運転への高い自信」が存在します。この山もまた、高齢化とともに高くなり続けています。
問題は、この2つの山の間に深い峡谷が存在し、両者をつなぐ「橋」がどこにも存在しないということです。
右の「事業者の山」は、開発した素晴らしい製品やサービスを左の山に届けたいと願っています。しかし、左の「高齢ドライバーの山」に住む人々は、高い自信ゆえにその必要性を感じていません。
さらに言えば、右の事業者の山は、左の山を「危険な運転をする特定の人たちが住む山」だと捉えがちです。しかし、ここに大きな勘違いがあります。 向き合うべき相手の正体は、「自分の運転に強い自信を持っている」高齢ドライバーの集団なのです。
両山を結ぶ懸け橋を作らなければ、人とサービスは永久に結びつきません。一刻も早く、この両者をつなぐ手段を見つける必要があります。
最初の一歩は「細い紐」〜3Dカードが果たす役割〜
では、どうやって橋を架ければよいのでしょうか。 巨大な橋を建てるとき、いきなり重い鋼鉄や橋桁を渡すことはできません。最初の一歩は、ドローンなどで渡す「軽くて細い一本の紐(パイロット・ロープ)」なのです。
この「細い紐」は、左の山に住む高齢ドライバーの心理特性に合致したものでなければ、決して向こう岸に届きません。
一般に「自信家(過信傾向のある人)」にはどのような特徴があるのでしょうか。 マーケティングや心理学の知見をまとめたWebサイト(※1)などでも紹介されている通り、自信家やプライドが高い人には主に以下のような特徴があります。
- 他人のアドバイスや指示を軽視・拒絶する(人の話を聞かない)
- 自分の経験や成果、考えを語りたがる(自分の話をしたい)
- 否定されることを極端に嫌う
(※1 出典参考:dodaキャンパス「自信過剰な人の特徴」 / CanCam.jp「プライドが高い人の特徴」)
免許返納や安全対策の議論において、行政や家族はつい「危ないから」「返納しなさい」と高齢ドライバーを「聞かされる立場(説得される側)」に追い込んでしまいます。 しかしこれは、自信家の特性を無視した真逆の対応であり、相手のガードを固めさせるだけです。特性を理解しないままでは、議論にならないのは当たり前です。
とはいえ、「自由に話していいよ」と促しても、話が脱線して終わらなくなったり、本音(深層心理)を言語化できていないために、何を話せばいいかわからなかったりします。時間も限られている中で、とりとめのない話で終わってしまうのも現場の実態です。
ここで役立つのが、私たちが開発した「3Dカード」です。
3Dカードは、「運転」というテーマに絞ってカードの取捨選択を行い、自分の理想像や価値観を整理・言語化できるツールです。 これを使えば、本人が自分でも気づいていなかった運転の目標や希望を発見することができ、考えが整理された状態で対話をスタートさせることができます。
まさにこの3Dカードこそが、対岸へ渡す「細い紐(パイロット・ロープ)」の役割を果たします。
紐が一本届きさえすれば、そこから少しずつ太いロープにし、ワイヤーにし、最終的に立派な橋をへと育てていくことができます。その橋を構築していく工程こそが「家族の役割」です。
家族は手元に残ったカードを見て、意外な結果に驚くこともあれば納得することもあるでしょう。大切なのはそこからです。 「このカードを選んだ具体的な理由を教えて」「こういう運転を続けたい希望はある?」と、本人の語りに耳を傾け、話を広げていくのです。
「自分の想いを聞いてもらえている」という状況を作るだけで、自信家としての自尊心は満たされ、頑なだった心がスッと開き始めます。
マーケットインの発想で「両立」を目指す
シンポジウムで講師の方々が共通しておっしゃっていたのは、「高齢ドライバーの免許問題は、安全を取るか、生きがい(移動の自由)を取るかの選択になりがちだ」ということでした。
事故を起こさない安全のために免許を返納すれば、移動の自由や生きがいが失われる。 生きがいを取って運転を続ければ、事故のリスクがつきまとう。
この場合、「どちらか一方を選択しなければならない」という二者択一の発想自体が間違っています。 本来目指すべきは、「安全と生きがいの両方を実現すること」であり、関係者や事業者はそのために日々研究・開発を行っているのです。
現在は、ドライブレコーダーの映像を見せて動かぬ証拠から運転を見直してもらおう、という動きもあります。しかし、これも映像の提供や映像を見ること自体を拒否されるなど、入口部分でつまずくことも多いように感じます。 私が提唱する3Dカードも、いきなり見知らぬ人から差し出されれば拒否されるかもしれません。
だからこそ、「信頼できる家族や友人からのアプローチ」が一番の鍵になります。
「運転に自信ある?」と聞けば、大半の高齢ドライバーは「ある」と答えるでしょう。そこで、「じゃあ、お父さんが日頃目指しているカッコいい運転の理想像を教えてよ」と関心を持って3Dカードを差し出すのです。
自信家は自分の想いを語りたい。だったら、その話を楽しみに聞くというスタンスを取る。
相手の特性に合わせて対応を変えるのは、ビジネスでいう「マーケットイン(顧客視点)」の発想です。現役世代の家族なら、この発想の正しさは直感的にわかるはずです。
無理に相手を説得しようとするのをやめ、相手の特性に合わせた「マーケットインのアプローチ」で向き合ってみる。 この一本の細い紐を渡すことから、架け橋の構築が始まります。

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