社会問題を考える手段としてのフィクション──『震える天秤』の紹介

秋も深まり、心穏やかに本と向き合いたくなる「読書の秋」。社会問題をテーマにしたフィクションに触れることで、現実とは異なる角度から日常の課題を内省するきっかけになります。
私たちの事業は、免許返納を巡って家族と高齢ドライバーが意見を交わす際の葛藤や衝突を解消するお手伝いをしています。高齢ドライバーによる交通事故は依然として社会の大きな懸念事項であり、2024年11月に鹿児島県で発生した、80代ドライバーが歩行者をはねる等の重大事故をはじめ、日本各地で痛ましい事案が相次いでいます。このような問題に直面すると、単なる数字やニュース映像だけでなく、フィクションの中で登場人物の感情や価値観に触れることが、新たな発見につながります。
今回ご紹介する小説、染井為人著『震える天秤』も、まさにそうした多角的な視点を与えてくれる作品です。本作は、ある事件を巡る人間関係の中で、それぞれの立場や信念が「天秤」のように揺れ動く姿を緻密に描いています。登場人物たちが互いに異なる「正義」と「責任」を抱え、それを追求する中で、「誰が真に悪いのか」という単純な二元論では片付けられない社会の歪みや、価値観のすれ違いを考えさせられます。
鹿児島での事故をはじめとする高齢者事故の背景や、免許返納を巡る家族の葛藤も、ただ「安全を守る」という一辺倒の正論では測りきれない、生活の維持や自尊心といった複雑な人間心理の上に成り立っています。
こうしたフィクションの物語は、ニュースや統計データだけでは得られない「人間らしさ」の機微を体験する貴重な機会です。免許返納や運転継続を巡る家族間の意見の違いは、誰にとっても簡単に答えが出せるものではなく、まさに「正解のない問い」を前にした「揺れる天秤」のような状況です。私たちの提供する「運転継続計画(DCP)」も、家族の納得感を得ながら、「安全」と「自由」という矛盾する要素を共存させる「パラコンシステント(真矛盾許容)」なアプローチによって、最適な解決策を見出していくための手段であり、決して単純な「返納ありき」の答えを押し付けるものではありません。
『震える天秤』は、人間がそれぞれの信念に基づいて考え方等を選択し、どのように動いていくかを深く描いています。家族や当事者がそれぞれの思いでぶつかり合う姿を通じて、高齢ドライバーの免許返納問題のような現実の課題も、「加害者・被害者」という枠組みを超えた異なる視点から捉え直すきっかけになるかもしれません。
読書の秋に、本作を通じてフィクションの世界で社会問題に触れ、今一度、私たちの社会が抱える課題について考える時間を持ってみてはいかがでしょうか。
今後も皆さんの思考を深める一助となりそうな書籍をご紹介していきたいと思いますので、ご期待ください。
