「能力検査」から「行動確認」へ 磐越道のバス事故 同様の事故を繰り返さないための提言

2026年5月6日、福島県内の磐越自動車道で発生したマイクロバスの衝突事故。未来ある高校生の命が失われ、多くの方が負傷されました。連日の報道では、その原因としてマイクロバスのドライバーは「足腰が弱り、運転ができる状態ではなかった可能性」が繰り返し指摘されています。こうした悲劇が起きるとき、世の中は一つの結論に辿り着こうするように感じます。それは「免許更新時の身体検査や認知機能検査をより厳格にすべきだ」という、いわゆるドライバーの「能力検査」「状態確認」の強化です。

もし、世の中がこのような方向性を模索しはじめたら、私はあえて異を唱えたいと思います。 なぜなら「運転可能な状態かどうか」を医学的に判定しようとするなら、その仕組みには限界があるからです。

心配の第一は「リソース」の問題です。膨大な数の高齢ドライバー一人ひとりを専門医が精緻に診断し続けることは、現在の医師不足の状況下では物理的に不可能です。

第二は「客観性」の問題です。検査という「点」における数値が、日常の運転という「線」の安全を連続的に保証することは非常に難しいと思います。

そして最も深刻なのは、この運転に適するかどうかの「能力検査」「状態確認」という手法が、高齢ドライバーから自尊心を奪い、様々な対立構造を生んでしまう可能性がある点です。能力検査、状態確認の結果、「不合格=免許取り上げ」という恐怖がある限り、高齢ドライバー本人は診断を拒否したり正直な回答を拒むなどの行動が横行し、正確な判定ができなくなってしまうと思います。

「指差呼称」に学ぶ「行動」の評価

ここで、視点を180度変えてみましょう。

鉄道関係や製造現場など、一歩間違えれば重大事故に繋がるような職場では、どのように安全を担保しているでしょうか。この場合、安全管理をする側が確認しているのは、作業される方の能力、つまり脳波や身体の機能(状態)などを検査で確認しているわけではありません。例えば必要の都度「右よし、左よし!」という「指差呼称」がしっかり行われているか。つまり、決められた「行動」がしっかり完遂されているかどうかで判断しています。

ではなぜ「行動」を確認するのか。それは、時間や稼働がかかり検査や意識という目に見えない不安定なものよりも、物理的な「行動」という客観的事実の方が、安全を維持する再現性が高いからです。

これを高齢ドライバーにも当てはめ、私は「行動確認型」のアプローチによる安全性担保を提言しています。この際「若者と同じ能力(状態)があるか」を問うのではなく、「今の自分の心身の変化を自覚し、それを補完するための安全行動(規律)を自らに課して行動できているか」を評価の軸に据える、というものです。

デジタル技術を駆使した「安全運転に向けた行動」の可視化

では、具体的にどのように「行動」を確認するのか。これまでは難しかったこの確認行為も、今のデジタル技術を駆使すれば、無理なく実現可能だと考えています。

  1. 身体・頭脳の維持行動(既存アプリとの連携)
    安全運転を実現するために取るべき行動の一つは、ドライバー自身の体調(コンディション)を運転に適する状態として維持することです。そのためには手足等の操作がいざというときにも正常に機能すること、そして認知、判断と言った様々な状況において適切な行動ができるように頭脳の状態を維持することの2つが求められる、と考えています。

    これらを確認するために、わざわざ新しい装置を導入する必要はありません。スマホにある歩数計や各種アプリが持つデータを一元的に収集する仕組みを構築します。例えば「運転に必要な筋力を維持するための行動」として通っているスポーツジムの利用記録や「認知機能を刺激する習慣」として日々使用しているパズルアプリの使用ログなど。 これらをネットワーク経由で集約し、「私は安全運転を続けるために、これだけの行動を積み上げている」という事実を客観的に把握し、確認するのです。
  2. 運転行動のログ(テレマティクス)
    安全な運転を実現するためには、運転の方法を変える、ということも考えられると思います。例えば「夜間や雨天の運転を避ける」「あらかじめ決めたルート、範囲内を走行する」といった条件を決め、それがしっかり遵守されているかを既存のアプリやドライブレコーダーの記録などと連携して確認するのです。これらにより、あらかじめ計画した内容が遵守されているかどうか確認し、もし遵守できていない状況が判明したら、今後について家族内で議論するきっかけになると考えています。

これらの目的は、高齢ドライバーの能力が不足していることを暴くことではありません。高齢ドライバー本人と家族が一緒に考えた「安全運転に必要な行動」がしっかり実施されていれば、それに基づいて運転の継続を認める。そんな、データ駆動型で行動を確認するという民主的な仕組みが今こそ必要だと考えています。

想像できることは、実現できる

これまで述べてきたことは、決して遠い未来の夢物語ではありません。 今あるテレマティクス技術やフィットネスアプリなどをネットワークで結びつけるだけであり、その骨格はすでに机上で完成していると思っています。

私たちがすべきなのは、指差呼称のような規律ある行動の実施確認をすることによって自らの安全を勝ち取ろうとする高齢ドライバーを応援すること。そんな、自分の希望を実現するためには努力をして頑張ろうとしている高齢ドライバーを育て、その存在を社会が認め、支える仕組みを私たちは今、創造すべきだと考えます。

そんな仕組みを「想像」できなければ「創造」もできません。しかし、逆に具体的な解決策を想像し、議論の場に乗せることができれば、それは社会の実装へと確実に近づきます。

福島の磐越自動車道で発生した事故を、ただの悲しい出来事にしてはなりません。新たな仕組みとして「能力」を疑う社会から、自分が実施することを約束した「行動」の徹底を確認する社会へ。これを、これからの高齢モビリティ社会における新たがスタンダードにしたいと考えています。

写真出典:
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E7%A3%90%E8%B6%8A%E9%81%9321%E4%BA%BA%E6%AD%BB%E5%82%B7%E4%BA%8B%E6%95%85-%E7%94%9F%E5%BE%92%E3%81%8C%E7%9B%B4%E5%89%8D%E3%81%AB%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B8-%E6%AD%BB%E3%81%AC%E3%81%8B%E3%82%82-%E9%96%A2%E4%BF%82%E9%96%A3%E5%83%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E7%99%BA%E8%A8%80%E3%82%82/ar-AA22Zhkw

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