「事故を作らない」マインドチェンジ 短期的な視点から長期的利益を見据えた安全運転のあり方

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2026年5月14日、テレビ朝日の「モーニングショー」で報じられた「自動車の積み荷落下」の特集に私は思わずハッとしました。普段、私たちが乗用車を運転している際、ドアや窓を閉め切っていれば、車内からモノが車外にこぼれ落ちるという恐怖を感じることはまずありません。しかし、オープンな荷台を持つトラックなどがひとたび「積み荷」を運ぶとなると、そこには一転して、周囲の人の命を瞬時に奪いかねない巨大なリスクが発生します。
私自身が新入社員だった頃は、高所作業車や穴建車(地面に穴を掘り、柱を建てる車)、そしてトラックを運転する日々を送っていました。時には車長を超える電柱などの重量物を積載し、現場へ向かうこともありました。その際、真っ先に先輩方から徹底して叩き込まれたのは、運転技術以前の「荷物の積み方」です。ロープの結び方一つから、資材の固定方法に至るまで、先輩社員から厳しく指導を受けました。
それでも当時、他部署からは「走行中にカラーコーン(注意を促すために置かれる円錐形の保安用品)を落とした」「アンダーパス(鉄道や交差する道路の下をくぐり抜けるために、周囲より低く造られた道路)で車高を見誤り上部をぶつけた」、あるいは「積んでいた電柱の先端が、前方に停車したバスの後方ガラスを突き破った」といった事故の情報が時々耳に入ってきました。これらの経験から私が学んだのは、運転とは単に「車を安全に移動させること」だけを指すのではないということでした。そして今日改めて落下物などで周囲の車や歩行者に一切の迷惑をかけない、その準備と責任を含めて初めて「安全運転」が成立するのだと、感じました。
以前、高齢ドライバー向けの安全運転マインドを喚起するカードを開発する中で、一度プロドライバー用を試作したことがあります。その時に痛感したのは、プロが考慮すべき事項は一般ドライバーとは異なる観点が多々あり、検討することの難しさです。そのうえ、荷物の固定等まで含めて検討するとなると、その難易度はさらに跳ね上がります。日本の産業を支えるトラックドライバーの皆さんが、いかに重い責任を背負ってハンドルを握っているかを痛感するとともに、ひとたび落下物を出せば厳しい目が向けられるシビアな世界で活躍されているんだな、と改めて感じました。
高速道路の戦慄 回避不可能な「小さな凶器」
以前、首都高速道路を走行していた際、私は今も忘れられない危うい光景に遭遇しました。それほど大きくないトラックでしたが、荷台には廃材が驚くほど高く積み上げられていたのです。首都高は郊外の高速道路と異なり、急カーブが連続し、遠心力を逃がすための「バンク(傾斜)」がついている箇所が多々あります。あのような高重心のトラックがバンクのあるカーブに渋滞にはまりながらゆっくりした速度で差し掛かる姿を見て、私は「今にも倒れるのではないか」とヒヤヒヤし、生きた心地がしませんでした。
その後、動画サイトなどで首都高ではありませんでしたが、実際に廃材積載トラックが横転した様子を目にするたび、私は「この手のトラックには絶対に近づかない」「車間距離を可能な限り長く取る」ことを心に誓いました。しかし、大きな落下物ならまだ視認して回避できる可能性がありますが、今回のモーニングショーでは、落下した「釘」によってパンクした車が、首都高の路肩に次々と停車している様子も報じられていました。
大きな物体なら車間距離を取ることで落下物とのトラブルを避けられるかもしれませんが、小さな釘を時速数十キロで走行中に見つけるのは不可能です。また、それを見つけてから急ハンドルで回避しようとすれば、かえって他車との衝突を招く恐れもあります。落下物は、落とした側が気づかないうちに、後続のドライバーを逃げ場のない窮地に追い込んでしまいます。
ビジネス視点で解く「短期的利益」と「長期的利益」
番組では落下物への対策として「車間距離をあけること」が推奨されていましたが、私はそれだけでは不十分だと感じました。でも、有効な対策は?と聞かれると何ともわかりません。そもそも、わざと荷物を落とそうとする人などいないはずです。ドライバー側は「大丈夫だろう」と考えて運転をしている。しかし、そこに何らかの「緩み」が生じ、結果として落下物が出てしまっているのが実態ではないでしょうか。
私は積載技術の専門家ではありませんが、安全運転をマインド面から支える立場として、ドライバーの「心の持ちよう」を変える必要があるのではないかと考えています。それは、「自分が事故に遭わない(起こさない、巻き込まれない)」というやや受動的で偶発的な意識から、「事故を作らない」という積極的で必然的なマインドへの転換です。事故は自分の前方や側方だけで起きるものではありません。自分の後ろで起きる事故、つまり自分が原因で作ってしまう事故も、等しく防がねばならない。この視点の広がりこそが重要ではないでしょうか。
ここで、ビジネスの世界で語られる「短期的利益」と「長期的利益」の対立を考えてみてください。荷台に荷物を積んで運ぶ場合 「適当に荷物を積み込んで早く帰りたい」「一度に大量に運んで手間を減らしたい」というのは、目先の効率を優先した短期的利益です。一方で、「時間をかけてでも確実に固定して落下を防止し、プロとしての信頼を守る」「運搬回数が増えても法律を守り、長く仕事を続けられるようにする」のが長期的利益です。
目先の利益に囚われ、安全への投資(手間や時間)を惜しむことは、将来的に甚大な損失を招く「機会損失」に他なりません。自分の行動を、長い人生のスパンで見直すこと。それは、その人の根本的な価値観や理想像を問い直す作業でもあります。プロとして、あるいは一人の人間として、本当に守るべきは何なのか。その答えが「長期的利益の追求」に繋がるとき、安全マインドは揺るぎないものになります。
磐越道バス事故に思う マインドの「幹」を太くする重要性
2026年5月6日、磐越自動車道で発生したマイクロバスの衝突事故。未来ある高校生の命が失われ、多くの方が負傷されたこの悲劇を、私は到底他人事とは思えません。私にも、部活動でソフトテニスに打ち込む高校生の息子がおります。遠征先へ向かうバスの事故、それがどれほど高校生の親にとって、そして先生方指導者にとって身を切られるような出来事であるか、胸が締め付けられる思いです。お亡くなりになった方のご冥福を心よりお祈りするとともに、被害に遭われた方の少しでも早い回復を願っております。
事故原因の解明が進む中、報じられる容疑者の言動には釈然としないものが残ります。「体調と運転に不安はなかった」と言いつつ、短期間に事故を繰り返していた。さらに、知人には免許返納の意向を漏らしていたとも言われています。これは、典型的な高齢ドライバーに見られる「自身の能力への過信」であり、同時に「短期的利益」に目が向いてしまった結果ではないかと感じざるを得ません。
容疑者の方も元高校の先生で部活の顧問もされていた、と報じられ、かわいい高校生たちの未来と、自分自身の元指導者としての矜持という「長期的利益」に気が回っていたならば、もっと先のことを考え、取るべき行動ができたのではないでしょうか。事故に関する報道で、法律や制度の不備を議論することも大切です。しかし、二種免許の有無といった「枝葉」の議論に終始しても二種免許を持った人でも事故を起こしている事実がある以上、バス会社のバスを使っていたとしても根本的な解決には至っていません。
私たちが取り組むべきは、安全運転という木における「幹」の部分を太くすることではないでしょうか。法律や制度といった「枝葉末節」が効果を発揮するためには、その土台となる「事故を作らない」「長期的利益を見据える」というマインドの幹がどっしりと根を張っていなければなりません。制度の不備を正すだけでなく、ドライバー一人ひとりの価値観という根源的な部分に光を当てること。それこそが、悲惨な事故を繰り返さないための唯一の道であると私は確信しています。
