「微力だけど、無力ではない」:高齢ドライバーと家族のために道を切り開く挑戦

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微力だけど無力ではない、の石碑

2024年のノーベル平和賞に日本の「被団協(日本原水爆被害者団体協議会)」が選ばれ、その場である女子学生が語った「微力だけど、無力ではない」という言葉が心に強く響きました。私も以前長崎を訪れた際、原爆の傷跡が残る場所を訪ね、「微力だけど、無力ではない」と刻まれた石碑を目にし、揺さぶられるような衝動を覚えました。あの言葉は、私の中に小さな火種ではなく、確固たる決意を生み出しました。

社会の大きな課題を解消するために私たち一人ひとりの力は確かに小さいかもしれません。しかし、免許返納の問題という大きな壁を前に立ちすくむのではなく、敢えて挑むことで風穴を開けたい。一人ひとりの「納得感」を積み上げることで、社会全体の意識を少しでも前進できるのではないかと信じています。

高齢ドライバーの運転問題に私が取り組むようになったのは、池袋の悲惨な母子死亡事故、そして実母の免許返納を見届けたことがきっかけです。これらを経て、高齢ドライバーの問題が、他人事ではない、私たち全員の課題であると痛感しました。特に、同じ地域に住む一人として「郷土の不始末を、郷土の有志が購う」という思いが、私の活動の原動力となっています。

運転免許の返納や継続について、高齢ドライバーと家族の双方が納得できる選択を見つけるサポートが求められています。そして、家庭内の問題として見過ごされがちな課題だからこそ、誰かがその壁に挑み、風穴を開けることが必要だと考えています。納得感を欠いたまま免許返納を強要されることや、危険な運転を放置する状況が続けば、またあのような悲劇が繰り返されるかもしれません。

だからこそ、私は対話のきっかけとなるツールを開発し、行政や地域社会と共に「返活(いつかは免許返納をしなければならない時が来るかもしれないが、そのタイミングまで安全に運転を続けられるようにするため、自分自身の各機能の衰えに抗うようなアクティブな活動を実施して運転で実現したい、と考える目標に向けて頑張ろうとする一連の活動)」という新しい文化を形にしようとしています。

もちろん、社会の大きな問題を一挙に解決することは容易ではありません。しかし、「微力だけど、無力ではない」という決意を胸に、たとえ小さな一歩でも、踏み出し続けることで状況を変えられると信じています。間違っても軌道修正すればいい、立ち止まらず前進する姿勢が、未来への希望を生むと確信しています。

私たちは今後も挑戦を続けます。高齢ドライバーとその家族が安心して納得できる選択肢を見つけるため、一歩ずつでも進んでいきたい。私たちの小さな一歩が、やがて社会を動かす大きなうねりになると信じています。どうか私たちと一緒に、この壁を越え、新たな道を切り開いていきましょう。

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