今こそ、柔よく剛を制す!(※) 運転のエンディングノートが家族を救う?!

(※強引に押し通すのではなく、柔軟に対応することでより良い結果を得るという意味。免許返納の議論も、力で押し切るのではなく、相手の心理や状況を理解しながら進めるべきという点に通じる。)

以前、研修で眠気覚ましのために、講師の先生から「全員、自分の右手と左手でじゃんけんをしてください」と指示されたことがあります。続けて、「じゃんけんの”手”を次々に変えて、右手が常に勝つようにしてください」との課題が出され、これは意外と簡単にこなせました。しかし、今度は「右手が常に負けるようにしてください」と言われると、途端に難しく感じ、頭が混乱し、眠気が一気に覚めたことを覚えています。この経験から、人間は「負ける」という行動を意識的に取るのが苦手なのではないかと感じました。

高齢ドライバー問題と「勝ち負け」

じゃんけんでは、勝つことを意識するのは簡単でも、意図的に負けることは難しい。これは、無意識のうちに人間が「勝つ」ことを重視する傾向にあるからかもしれません。実は、この心理は、高齢ドライバーの免許返納を巡る家族との対立にも共通する部分があるのではないでしょうか。家族は「事故が心配」という大義名分で強く説得しがちですが、その説得の根底には、相手を論破しようとする心理が無意識に働いている可能性があります。人は無意識のうちに「勝ち負け」にこだわり、議論でも相手を論破しようとしがちです。一方で、「負ける」という視点を持つのは意外に難しく、相手の気持ちを想像することが後回しになりやすいのではないでしょうか。高齢ドライバー問題も同様で、単に説得するのではなく、相手の不安や気持ちを理解しながら対話を進めることが大切です。

人間の深層心理が、免許返納の議論を難しくする

高齢ドライバーと家族の対立を生む要因は、単なる意見の違いだけではありません。人間の持つ根本的な心理が、話し合いを難しくしている可能性があります。以下の3つの観点から、その背景を見ていきます。

1. 勝つことを重視しすぎる心理

勝ち負けにこだわる心理は、行動経済学の研究でも指摘されています。池谷裕二氏の著書『脳はこんなに悩ましい』(新潮社、2007年)では、脳が無意識のうちに勝敗を判断する仕組みを解説しています。人が意識的に「負ける」行動をとるのが難しいのは、この仕組みによるものです。高齢ドライバーの免許返納の議論においても、家族が「正しいことを言っている」と信じるあまり、相手を負かそうとするような形になりがちです。しかし、議論に「勝つ」ことが目的になってしまえば、本来の目的である安全な運転の話し合いから逸れてしまうでしょう。

2. 人間は目の前の利益を優先し、将来のリスクを軽視する

さらに、人間の意思決定には、現在の利益を優先し、将来のリスクを軽視する傾向も見られます。ダン・アリエリー氏の著書『予想どおりに不合理』(早川書房、2008年)では、人間が短期的な報酬に引き寄せられやすいことを具体例とともに説明しています。免許返納問題でも、家族は「今すぐに運転をやめさせたい」という気持ちが先行し、長期的な視点で考えることを後回しにしがちです。しかし、高齢ドライバー側からすれば「今は運転できるのに、なぜ今すぐ返納しなければならないのか」と疑問に思うのは当然のことです。このズレが、免許返納の話し合いをより難しくしているのではないでしょうか。

3. 移動の自由を失うことは、人間にとって大きな心理的負担となる

また、移動の自由を失うことは、人間にとって大きな心理的負担となります。大竹文雄氏の著書『行動経済学の使い方』(岩波書店、2016年)では、プロスペクト理論の中核的な概念の一つである「損失回避」について解説されています。人間は「得る喜び」よりも「失う痛み」を強く感じるため、運転をやめる決断は単なる生活の変化ではなく、精神的な負担を伴うものなのです。家族が運転のリスクを強調すればするほど、高齢ドライバーは「自由を奪われる」という感覚を強め、ますます反発する可能性があります。

運転のエンディングノートを考えてみよう

勝ち負けの心理、目先の判断の偏り、移動の自由への執着。これらの要素が絡み合うことで、免許返納の話し合いは難航しがちです。しかし、だからこそ、感情的な対立ではなく、冷静に将来を見据えた議論が必要になります。

私自身、80歳になる前までは運転を卒業したくないと考えています。なぜなら、仕事柄、75歳以上の高齢ドライバーが免許更新時に実施する認知機能検査や高齢者講習をしっかりと自分自身が体験してみたい、と強く考えているからです。必要があれば医師の診断を受けることも厭わないと思っています。そのためにも、まだ運転に支障がないうちに「自らの免許返納のタイミング」をイメージし、それに向けて少しずつ「免許返納の準備」をすることが、将来の自分を助けると考えています。

高齢ドライバーに免許返納を勧める家族の皆さんも、将来は必ず高齢ドライバーになります。そのときに家族からの説得に素直に応じられますか?「明日は我が身」と言う言葉がありまが、自分が高齢ドライバーになったときの状況を想像してみましょう。どのように説得されたら納得できるのか、それを冷静に考えることは高齢ドライバー予備軍である、我々にも重要だと思います。

最近、「終活」や「エンディングノート」という言葉を耳にする機会が増えました。免許返納の議論でも「運転のエンディングノート」を作れば、それまでにやっておきたいこと、やっておかなければならないこと等を整理しやすくなります。運転がまだ問題なくできるうちに、「自分はいつ、どのように免許を手放すか」を考えることは、将来の自分の免許返納の決断を助け、家族との対立を防止することにつながるのではないでしょうか?

さっそく、「運転のエンディングノート」を考えはじめてみますか?

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