高齢ドライバーの事故対策を、未来を創るバックキャストと現実を変える問題解決手法で考える

高齢ドライバーによる交通事故は、社会全体で取り組むべき喫緊の課題です。この問題に真正面から向き合い、解決への一助となるべく、私たちは事業を開始しました。その根底にあるのは、会社員時代に長年培ってきた「問題解決手法」という思考法です。
この手法は、業務で発生する様々な課題、部下からの個別の相談、事業計画の策定から実施、そして振り返りまで、あらゆる場面で考えをまとめるためのベースとなってきました。目の前の問題を「あるべき姿」と「現状」に分解し、その間に横たわる「ギャップ」を明確にする。そして、そのギャップが生じる原因を深く掘り下げ、具体的な解決策を立案し、実行していく。この一連のプロセスは、会社という枠を超え、プライベートな問題にも応用できる汎用性の高いのではないか、と考えています。
高齢ドライバーの事故多発という社会問題も、この問題解決手法を駆使することで、解決の糸口が見つかるのではないか。そう考え、私たちはこの事業に乗り出しました。そんな折、最近よく耳にするようになった「バックキャスト」という言葉に強い興味を抱き、その考え方について調べてみることにしました。
「バックキャスト」と「問題解決手法」その似て非なる思考
「バックキャスト」について調べていくうちに、私たちがこれまで実践してきた「問題解決手法」が、一見似ているようで、その本質的な「性格」が異なることが見えてきました。
まず、「問題解決手法」とは、一般的に「あるべき姿と現状の比較からギャップを明らかにし、そのギャップを埋めるための具体的な解決策を導き出す」アプローチを指します。これは、現状を起点として思考を進めるのが特徴です。例えば、高齢ドライバーの事故対策であれば、「現在の事故件数を〇%削減する」といった、比較的短期から中期的な目標設定に適しています。現状の制約やリソースを考慮しながら、現実的な改善策を効率的に見つけ出すことに重点が置かれます。
一方、「バックキャスト」は、望ましい未来や目標とする状態をまず明確に設定し、そこから逆算して「今、何をすべきか」を考えるアプローチです。こちらは未来を起点とします。例えば、「2050年には、高齢ドライバーによる重大人身事故がゼロになっている社会」といった、現状の延長線上にはない、より野心的で理想的なビジョンを描く際に強力な思考法となります。一度現状の制約を度外視して理想を追求するため、革新的なアイデアや根本的なシステム変革の必要性を導き出すことに長けています。
両者は「理想の状態と現在の状態を比較し、そのギャップを認識する」という点では共通していますが、思考の出発点、対象とする時間軸、そして発想の自由度に大きな違いがあります。問題解決手法が現状の改善に焦点を当てるのに対し、バックキャストは未来の創造に焦点を当てる、と考えると分かりやすいでしょう。
この性格の違いがあるからこそ、両者は使い分ける必要がありそうです。事業のビジョンや長期的な社会のあり方を考える際にはバックキャストが有効であり、目の前の具体的な課題を解決する際には問題解決手法が力を発揮するのです。
バックキャストで描く未来
このバックキャストの考え方を踏まえ、私は高齢ドライバーの事故対策における新たな目標を設定しました。それは、ホンダが掲げる「2050年に全世界でHondaの二輪車、四輪車が関与する交通事故死者ゼロを目指す」という壮大なビジョンに触発されたものです。
私たちの目標を、「2040年までに、日本のすべてのドライバーが自分の理想とする運転の姿を自覚し、それをベースに交通事故死者ゼロを目指す」と考えてみました。
この目標は、単に事故を減らすだけでなく、ドライバー一人ひとりが「自分にとっての理想の運転とは何か」を深く考え、安全運転に関するマインドを育てて、事故防止のため自覚と行動を促すという、より本質的な変革を目指しています。そして、この大きな目標からバックキャストし、現在の行動を導き出します。
その一環として、私たちは特に高齢ドライバーに着目しています。高齢ドライバーが「理想とする運転の姿」と「現状の運転(認知機能や身体能力の変化を含む)」を比較し、そのギャップを埋めるための具体的な計画を立て、実行していく支援を行っていきます。これは、バックキャストで描いた未来を実現するための、具体的な問題解決手法の適用例とも言えるでしょう。
思考のアップデートと課題意識の重要性
問題解決手法が発展し、バックキャストのような新しい考え方が生まれてくることは、社会課題の解決において非常に喜ばしいことです。古いからダメ、新しいから良い、という単純な二元論ではなく、それぞれの思考法の強みや特徴を理解し、シーンに応じて適切に使い分けることが肝心だと強く感じています。
そのためには、常にアンテナを高く張り、様々な分野の人々から多様な情報を得ることが不可欠です。それは、高齢ドライバーの皆様にも通じることだと考えます。新しい安全技術、免許返納後の移動手段、健康維持のための情報など、常に新しい知識を取り入れる姿勢が重要です。
そして何よりも大切なのは、「課題意識を持つこと」です。現状に満足せず、「もっと良くするにはどうすればいいか」「何が問題なのか」という問いを常に持ち続けること。この課題意識がなければ、どんなに有益な情報も素通りしてしまいます。感度を高く保ち、常に学び、行動し続けることこそが、高齢ドライバーの事故を減らし、誰もが安心して移動できる社会を実現するための鍵となるでしょう。私たちは、その一助となるべく、これからも活動を続けてまいります。