事業内容を30秒でご説明するなら…私が『当事者意識』というテンプレートにこだわる理由

「どんな事業をされているのですか?」こんなご質問をいただくことがよくあります。そんなとき、このように回答をしようと考えています。
「世の中の社会問題は『誰かが解決してくれる』という他力本願では決して解決しません。しかし、『当事者意識』さえ持てば、どんな困難も突破できると私は信じています。私はこの信念をテンプレート(型)として、現在は『高齢ドライバーの事故多発』という喫緊の社会課題に当てはめて、その解決をする活動をしています。」
もしこちらの内容に少しでもご興味·ご関心をお持ちいただけましたら、ぜひ以下の文章もご一読ください。
諸先輩からの教えと、私の「失敗」から始まる歩み
私が起業してから、多くの起業家の先輩たちが、後輩である私に対して多種多様なアドバイスや温かいメッセージを与えてくださいました。しかし、その情報量が多く、あまりに多岐にわたっているために、正直に申し上げてそのすべてを完璧に記憶することができず、すべてを実行に移せていない、と感じています。
そのため、せっかくいただいた貴重なメッセージを「全然活かせていないじゃないか」との厳しいご指摘を受けないか、毎日ヒヤヒヤしています。そこは、人間の特性として「聞いたことの大半を忘れてしまう」ものだということで、大目にみていただきたいと考えています。これまでも様々な失敗経験を経て、後になって「あぁ、あの時の教えはこのような時に活きるのか」と再認識し、遅ればせながら教えを実行していく、という繰り返しだったので、そんな泥臭いスタイルで、これからも一歩ずつ進んでいきたいと考えています。
そんな中、数は少ないですが、強烈に私の心に印象に残っているアドバイスの一つが「事業内容の説明をエレベータトークでできるようにしておくべき」というものです。エレベータトークとは「相手と同じエレベータに乗っている数十秒で、自分の考えを伝える」という短時間で意思を伝える技術のことです。しかし、この一見単純に思えることが、私にとっては大きな壁となって立ちはだかっていました。
手段という迷宮、そして「物語風」の罠
これまでも自らの事業内容を周囲の方にご説明する機会は幾度となくありました。その都度、私なりに一生懸命に説明をするのですが、どうしても時間がかかってしまうのが悩みでした。時間に余裕がある方は、最後まで聞いてやっと「あー、そういうことなのね」とご理解いただけるのですが、そうでない方は話の途中で「うーん なんとなくわかった」と言い残し、足早に去っていってしまう。そんな光景が何度かありました。
では、なぜ私の話は長くなってしまうのか。長年抱えていたこの悩みに対し、最近一つの気づきがありました。どうやら私は説明をするときに「手段」を先に話していた傾向があったのではないか、と。 これまでの私のスタイルは、まず現状やその背景等を丁寧に説明しながら相手の同意を得て、対策の状況とその不備を指摘し、だからこういう方法を考えていて、そうするとこんな効果が期待できる……というものでした。いわゆる「物語風」に、順を追って共感を得ながらストーリーを展開していく、というスタイルでした。
しかし、これではエレベータトークにはなりません。話が盛り上がるかなり前に目的の階に到着してしまい、結論が伝えられないままの「尻切れトンボ」状態になってしまうのです。 よく「結論から先に」と言われますが、それもお互いに共通認識がある「ハイコンテクスト」な状況でなければ成り立たない難しさがあります。たとえば「ラーメン屋です」「パン屋です」と言えば、詳細はわからずともアウトラインは瞬時に共有できます。こうしたメジャーな業種には大きなアドバンテージがありますが、私の事業はそれができないハンディがある、と感じていました。それを言い訳にしていけないと思いつつ、悶々とした日々を過ごしていました。
導き出した「当事者意識」という万能のテンプレート
悶々と考える中で、最近ようやく自分を納得させることができる結論がでました。それは相手に伝えようとしていた様々な商品やサービスは、結局のところ目的に対する「手段」でしかないということです。それを前面に説明しては、時間がいくらあっても足りません。やはり、「何をしようとしているのか」をストレートに言わなければならない、と考えられるようになしました。そこで、改めて考えてみると、私が世の中に届けたいメッセージの本質は、以下の内容だったのではないか、と感じています。
「自分がやりたいこと、と思うことがあるなら、他力本願の待ちの姿勢では何もできない。でも、努力することで自分の夢は実現できる」
私のこの信念を「テンプレート」として、様々な問題の上に置き、その両方を透かして見えてくる解決方法を考えて実行しています、と説明できればいいのではないか。例えば、このテンプレートを高齢ドライバーが事故を起こしている問題に当てはめてみる。すると「そのためには、こういう解決策が必要だよね」ということがわかるので、それらを実行しています、と説明すれば、興味を持ってもらって次に説明につながるのではないか、と気づいたのです。
このテンプレートは、高齢ドライバー問題に限らず、地球環境問題や日本の人手不足といった深刻な社会問題に当てはめることで、それぞれの解決策も見えてくると考えています。 このテンプレートは一言で言うと「当事者意識」という言葉に集約されると思います。 やりたいこと、解決したいことがあるけどそれがなかなか実現できないとき「誰かが何とかしてくれるだろう」「時が解決するから自然の流れに任せよう」という他人任せの気持ちでは、先には進めません。自分がこうしたいという思いがあるなら、どう実現するかを考えて行動すること。それ以外に、明るい未来への道は開けない、みなさんにも考え直して欲しい。そう心から願っているのです。
ポジティブな行動の連鎖が、不可能を可能にする
私たちは時として幸運が舞い込む経験をします。そのせいで「努力しなくても幸運は来る」という錯覚を持ってしまうのかもしれません。しかし、それはたまたま運が良かっただけで、誰か見知らぬ人の絶え間ない努力によって「漁夫の利」的に得られたものなら、それは長続きはしません。また、 不平不満を言うだけで事態が改善されることもありません。もし改善されたなら、それは誰かがその文句を聞いて「何とかしなければ」と頑張ったからです。そういう意味では、文句を言うことも一つの行動かもしれませんが、それはスティーブン・R・コビー氏の著書「7つの習慣」でいうところの自分の「関心の輪」への働きかけているに過ぎず、解決には膨大な時間がかかります。
高齢ドライバーの事故が起きるたび、SNSには「免許返納を」という声が溢れます。それも「関心の輪」への働きかけであり、それによって実際に返納する人がどれほどいるでしょうか。長年の経験から運転にプライドを持つ方々に対し、外側から行動を強制しても、自由権を重んじる我が国では効果はあまり期待できないのではないでしょうか。なにより、そのように声高に叫んでいる人自身がその立場になったとき、素直に応じられるとは到底思えません。
免許返納という対策は一見「簡単に実施できそうな対策」に見えますが、どこか後ろめたい気持ちが残るものです。でしたら、もっと視野を広く持って、自分が直接変えられる「影響の輪」に集中し、反感を持たれそうなネガティブな方向ではなく、共感を持たれそうなポジティブな方向に持っていくべきではないでしょうか。そして、「安全第一」という最優先されるべき絶対的な価値観に立った上で、考えられること、できることを実施していくのはいかがでしょうか。
ポジティブな方向性は、正解がなかなか見えず、成果がすぐに現れないことが多いために敬遠されがちですが、人の心を元気にし、前向きな行動を生むのは間違いなくこちらです。
毎年ノーベル賞を受賞される方々が発表されますが、彼らが偉業を達成できたのは、外野の雑音にめげず、「これを実現できるのは私しかいない」という強い当事者意識があったからではないか、と考えています。 この「当事者意識」があれば、いつかタイムマシンだって作れるかもしれません。私たちはこれからも、この「当事者意識」を発揮して、世の中のあらゆる問題を解決し続けていきたいと考えています。
