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高齢者講習は「一発勝負」? 自動車学校の舞台裏から見えた、安全運転を長く続けるための準備

「ドライバーの『運転マインド』を温めて、長く、安全に走り続けるお手伝いをしています」

仕事の内容を聞かれて、そんなお話をさせていただくと、初対面の方からは「自動車学校の指導員なんですか?」と聞かれることがあります。

「いえいえ、違いますよ」といつも説明するのですが、業務の性質上、自動車学校(教習所)の指導員のみなさんとも接する機会があり、日々いろいろと学ばせていただいています。自動車学校の指導員というと、昭和の時代を経験された方なら、その上に「鬼」という文字が付くイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか。鋭い眼光で運転の一挙手一投足を睨まれ、ウインカーを出すタイミングが少しでも遅れるとキツく注意された……そんな苦い思い出を持つ方も少なくないのではないでしょうか。

しかし、今どきの指導員のみなさんと接すると、その印象は180度違います。もし昔のような高圧的な態度を取れば、今の時代はすぐにSNS等で拡散されかねないし、自動車学校を選んでもらえなくなる、という背景もあるのかな、と勝手に想像してしまいます。実際にお会いする指導員みなさんは本当に親切で丁寧、「教習生に安全に運転してほしい」という熱い思いがダイレクトに伝わってくる、好印象な方ばかりです。

そんな自動車学校の指導員のみなさんと接する中で、私はこれまでに何度か「教習生向けのカリキュラムをカスタマイズ(アレンジ)することはできないものでしょうか?」と尋ねたことがあります。そのとき返ってくる反応は、一様に「それはではできないんです」というものでした。

詳しく事情を聴いてみると、自動車学校の教育カリキュラムは法的な枠組みによって内容が細かく指示されているのだそうです。教習の品質を一律に保つため、あるいは教習生の間で不公平を生まないため、等の理由があるのだと思いますが、強固な「ルール」というものがあり、そこからはみ出すことを、一切許されていない、という実態を知りました。

逼迫する現状「何度でも受けられる」という建前の崩壊

私が指導員のみなさんに上記内容を尋ねた背景にはある先入観があったためです。「団塊の世代が免許を取り終えてしまい、今の若者は人数が少ないうえに『免許なんて要らない』という車離れが進んでいる。そうなると、指導員のみなさんも、今は少し時間に余裕があるのだろう」と。

ところが、現場の指導員のみなさんから返ってきた答えは「とんでもない!」という悲鳴に近い言葉でした。若者の減少に伴って、自動車学校側も何年もかけて指導員の数が減っている、とのこと。そこへ昨今の人手不足に直面し、現場のマンパワーは「余裕がある」どころか「常にギリギリ」の状態。急激な環境変化の波に揉まれ、自動車学校はたいへんな状況にある、とのことでした。

この影響が、深刻な形で出ているのが「高齢者講習」の現場ということもわかりました。以前、埼玉県では高齢者講習を民間の教習所ではなく「免許センター」で実施しているという情報を知り、私はそれがスタンダードなのだと思っていました。しかし後になって、それは「民間の自動車学校が人手不足で高齢者講習をさばききれなくなった結果で、行政による苦肉の策」なのだと知りました。できれば民間の教習所にお願いをしたい、というのが実態のようです。

これまで「高齢者講習の予約が取れない」という情報は、何度も耳にしていました。そこでいろいろと調べてみると、現在、高齢者講習の約9割は民間の自動車学校が担っているそうですが、その教習所が人手不足で手が回っていない。その結果、予約枠は常に数ヶ月先まで埋まっている、という実態が見えてきました。

高齢者講習に関する公式の案内では、「高齢者講習は期間内なら何度でも受けられます」と説明されていますが、これは実態としては「現実的ではない」と言わざるを得ません。高齢者講習が混雑しているせいで万が一の「再チャレンジ」を待っている間に免許の更新期限が切れてしまい、意図せず強制的に免許失効に追い込まれる事態がリアルに起きている可能性が高いのです。

一方で、制度としては「教習所カリキュラムのルールは守れ」という姿勢を取っていますが、リソースの不足によって「高齢者講習は何度も受けられる」というもう一つのルールは機能していない。このような制度と実態の歪みが高齢ドライバーの間で不満として噴出し、様々な形で悪影響が出ないか、少し心配しています。

高齢者講習をしっかり受けられ、その結果、不合格になったとしてもしっかりとしたフィードバックがあればある程度納得できると思います。しかし、リソース不足のせいで実質的なチャンス(再試験の機会)が与えられず、不本意な形で免許が失効になれば、「免許を奪われた」という恨みに近い気持ちだけが残り、別の社会問題を引き起こさないか、心配です。

「本番」に備えるためのアプローチ

このような実態を前に、私たちは考え方を切り替える必要があるのだと思います。 これからの高齢者講習は「何度でも受けられる」ではなく、「一発勝負の本番」だと捉えるべきなのです。

これまでの高齢者講習は気軽に何度も受けられる「模擬試験」と考え、「高齢者講習の場で、自分の現状や悪いところを確認しよう」と思っていたとしたら、それはリソースが枯渇している現状では非現実的と言わざるを得ません。事前に自分の現状を把握し、対策を立て、万全の状態で高齢者講習に臨む姿勢が不可欠になります。

では、その現状の把握や対策検討を、自動車学校の先生にお願いしよう、と考えても、それは前述の通り、今の教習所の先生は、高齢者講習の「試験官」であり、個人のために寄り添ってくれる余裕はない、と考えられます。

では、教習所の先生を頼れないとしたら、私たちはどうすればいいのでしょうか。いろいろと調べてみると、いくつかの選択肢が存在することがわかりました。

一つは、医療やリハビリの専門家である「作業療法士(OT)」や「理学療法士(PT)」の先生を頼る方法です。彼らは医学的な知見から、身体の反応速度や視野の狭まりを客観的に評価し、的確なアドバイスをくれるようです。また、なかなかそこまでできない、という場合もスマホの「運転診断アプリ」などのデジタルシステムを活用し、日々の運転傾向をスコアリングしてもらう方法も考えられます。

ただし、注意しなければならない点があると思います。それは、これらを「検査をクリアするための一時的なテクニック」と考えることです。「高齢者講習さえパスすれば、それで終わり」という一過性の対策になることを懸念します。例えテクニカルな対策で高齢者講習の網をすり抜けたとしても、翌日に事故を起こしてしまっては元も子もありません。私たちが目指すべきは、高齢者講習の合格だけではなく、その先にある「長く、安全に運転を続けること」のはずです。

「マインド」を自分で見つける時代へ

そこで本当に必要となるのが、一過性のテクニックではなく、自分自身の内面にこれまでもあり、これからもあり続ける「運転の理想像(目標・動機)」を発見することだと考えています。

心理学の「自己決定理論(Self-Determination Theory)」で提唱されているのは、人間は他人から「危ないからこうしなさい」と強制された目標(外発的動機)よりも、「自分自身が目指したい目標のために運転しよう」と内側から沸き起こるマインド(内発的動機)の方が、納得感もあり、圧倒的に強固な行動に繋がる、との考え方です。

「孫が卒園するまで送り迎えがしたい」 「80歳になるまで自分の足で買い物に行き、自立した生活を守りたい」このような自分だけの目標が安全運転をするためのマインドになり、その「マインドの温度感」を高めることこそが、目標達成に必要な行動を起こすための「原動力(モチベーション)」になる、と考えています。

時代とともに、社会が変わり、それに伴い、自分たちの取るべき行動も変わります。だからこそ、私たちはその実態を正しく知り、行動しなければなりません。

様々な人が困っている高齢ドライバーのみなさんに手を差し伸べてくれるので、これらの手を借り、時にデジタルツールなども活用し、「自分はなぜ運転を続けたいのか」と自問自答してその答えを見つけること。決して目先にある一過性の対策にばかり目を向けるのではなく、その先にある本当の目標を目指して臨むこと。これこそが、現代の高齢ドライバーとそのご家族に求められる、もっとも現実的で、もっともスマートな戦略なのではないでしょうか。

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