高齢ドライバーによる悲劇を繰り返さないために 「宣言」を「実現」する我々の果たすべき使命

記者会見のイメージ図

2019年に池袋で発生した痛ましい事故は、多くの人々の心に深い傷を残しました。そして、高齢ドライバーによる悲劇的な事故が報じられるたびに、私たちは強い悲しみを覚え、二度とこのようなことを起こしてはならないと強く感じます。この事故後、警察庁のトップである長官は、被害者ご遺族と面会し、「二度とこのような悲惨な事故を起こさないという決意のもと、対策を着実に推進していく」と公に宣言しました。この言葉は、ご遺族の深い悲しみに寄り添い、国民の安全を守ることを誓う、極めて重い決意の表れだったと思います。

しかし、この宣言から数年が経過し、公表されているデータを見ると、その言葉とは裏腹に、宣言内容と現状との間に乖離が生じています。この乖離は、単なる数値の増減ではなく、ご遺族の思いを、そして社会の期待を真摯に受け止めきれていない現状を物語っているのではないでしょうか。この厳しい事実を冷静に検証し、私たちが今、何をすべきかについて考えてみたいと思います。

トップの「宣言」と乖離する現実のデータ

警察庁のトップが「着実な推進」という言葉を口にしたにもかかわらず、その後に示されたデータは、残念ながら高齢ドライバーによる事故リスクが改善されていないことを物語っています。宣言がなされて以降の状況は以下の通りです。

まず、75歳以上の運転者による死亡事故件数を見てみましょう。警察庁の統計によると、この件数は2022年の232件から、2024年には288件にまで増加しています。この数値は、対策の強化を図ったにもかかわらず、高齢ドライバーが引き起こす悲劇が減るどころか、むしろ増えているという深刻な現実を突きつけています。

さらに、死亡事故全体に占める75歳以上の運転者による死亡事故の割合も、深刻な状況を裏付けています。2022年には約14.9%だった状態から、2024年には約16.1%にまで上昇しています。この数字が意味するのは、単に高齢ドライバーの数が増えただけでなく、彼らが関わる事故のリスクが、相対的にも高まっているということ示唆していると考えます。警察庁のトップが誓った「着実な推進」が、事故リスクの低減という結果に結びついていない現実が、データから見て取れます。

なぜ宣言は結果に結びつかないのか

なぜ、トップの強い宣言にもかかわらず、高齢ドライバーによる事故は減らないのでしょうか。それは、対策そのものの実効性が問われているからではないかと推測されます。

長官の言葉に応える形で、2022年の道路交通法改正では、75歳以上の運転者に対する「運転技能検査」が導入されました。これは、事故防止に向けた行政の明確な意思表示であり、評価されるべき動きです。しかし、この新たな強化策が講じられたにもかかわらず、先ほど確認した通り、高齢ドライバーによる死亡事故件数は増え続けています。

この事実は、単に新たな制度を導入するだけでは、抜本的な解決には至らないことを示しているのではないでしょうか。これまでの延長線上にある対策では、増え続ける高齢ドライバーの問題を解決するには限界があるのかもしれません。私たちは、この現状を直視し、なぜトップの宣言が結果に結びつかないのかを、深く考察する必要があります。

新たな対策への示唆

私たちが今、直面しているのは「問題は解決していないのに、何か別の新しい事情が優先されているのかもしれない」という現実です。このような行為が、不幸な事故があったという事実の「風化」につながっているのではないでしょうか。そして、それは、事故で亡くなられた方々へのお悔やみの気持ちに反するものです。

警察庁のトップが「二度と繰り返さない」と誓った重い言葉は、その背景にあった遺族の思いと、その悲劇を目の当たりにした社会への思いを代弁したものでした。その言葉を真摯に実行することこそが、なくなった方々へのお悔やみであり、遺族に対する誠実な説明責任を果たすことにつながると思います。

同じ過ちを繰り返さない、ということが人類に課せられた使命であるならば、私たちは現状を放置してはなりません。これまでのやり方だけでは、もはや事態は改善しないという事実を直視すべきです。単に免許返納を促すだけでは問題は解消できず、高齢者が安全に運転を続ける、という選択肢を増やして、より能動的で持続可能な対策が求められているタイミングなのだと感じます。それは、高齢ドライバーが自らの身体機能の維持を目的とした活動計画を立て、その実行をサポートするような、これまでの対策とは一線を画した新しい取り組みなのかもしれません。

私たちは、今、改めてこの問題へのアプローチを見直し、ご遺族への誓いを果たすべき時期に来ているのだと考えます。

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