奪われた若き命と「高齢者ドライバー事故」―「個人の責任」で片付けないための再発防止策

写真出典:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD066RO0W6A100C2000000

大阪府東大阪市のコンビニエンスストアで、あまりにも悲しく、残念な事故が発生しました。平穏な日常の中で、将来ある中学3年生の男子生徒が車にはねられ、その命を奪われました。

まずは、亡くなられた生徒のご冥福を心よりお祈り申し上げます。そして、残されたご家族の深い悲しみを思うと、言葉もありません。

私たちは、連日のように繰り返される高齢ドライバーによる悲劇を、単なる「痛ましいニュース」として扱ってはいけません。なぜこの事故は起きたのか、そしてどうすれば防げたのか。感情論を抑え、冷静に「真の再発防止策」について、考える必要があると思います。

東大阪市 コンビニ死傷事故の概要

事故が起きたのは1月6日の午後1時ごろ。東大阪市内のコンビニ敷地内でした。

報道によると、70歳の男性が運転する乗用車が、中学3年生の男子生徒をはねた後、そのままフェンスに激突。生徒は車とフェンスの間に挟まれ、搬送先の病院で死亡が確認されました。警察は運転していた男を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕し、「アクセルとブレーキを踏み間違えた可能性」を視野に捜査を進めています。

白昼のコンビニという、誰もが利用する場所で起きたこの事故。加害者が70歳という「高齢者」に分類される年齢であったことから、社会には再び大きな衝撃と波紋が広がっています。

「免許返納」という言葉に隠された思考停止の罠

このような事故が報じられるたび、SNSやネット上では「高齢者は即刻免許を返納すべきだ」という声が多数上がります。確かに、運転能力が著しく低下している人がハンドルを握り続けることは極めて危険であり、その主張に一理あります。

しかし、今回の加害者は70歳であり、日常的に運転をしていたのではないかと推察されます。ですから、本人の中に「自分はもう運転できない」という自覚はなかったと思われます。ここで私たちが考えなければならないのは、この問題を「個人の資質や責任」とだけ判断してはいけない、という点です。

私は会社員時代、数多くの社内での事故に遭遇し、その再発防止会議に参加してきました。そこで痛感したのは、「すべて私の不注意です。申し訳ありません」という当事者の謝罪ほど、再発防止策を考えるにおいて「怖いものはない」ということです。

なぜなら、原因を個人の問題に帰結させた瞬間、組織や社会としての再発防止策を考える議論は止まってしまうからです。これは一種の「トカゲのしっぽ切り」であり、根本的な解決から逃げる行為に他なりません。 「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますが、交通事故において今必要なのは「事故を招いた対策の不備を憎んで、人を憎まず」という視点ではないでしょうか。

身体機能の衰えを「直視」する仕組みの欠如

70代という年齢は、視力、判断力、反射神経といった身体機能に確実に変化が現れる時期です。若い頃は無意識にできていた安全運転も、加齢とともに「特別な対処」なしには維持が難しくなります。視力が落ちればメガネをかけるように、足腰や判断力が衰えれば、それを補うための様々なトレーニングが必要であり、そのためのルールが必要なのではないでしょうか。

今回の事故において、加害者は「安全に運転し続けるための身体機能」を維持するために、具体的な努力や対策を講じていたのでしょうか。残念ながら、これまでの同様の事故でも、これらの事実が伝えられたことはなく、実態はわかりません。そのため、現在の免許制度や社会環境では、こうした「衰えへの能動的な対処」が個人の裁量に委ねられていると考えています。

50代までは無意識に運転できていたとしても、60代を過ぎれば誰しも「衰え」を感じる瞬間があるはずです。それにもかかわらず、「昨日まで大丈夫だったから」と50代と同じ感覚でハンドルを握り続ける。この「対処の空白」こそが、事故を誘発する真の原因であり、同様の事故が放置されている「対策の不備」そのものなのではないでしょうか。

「運転継続計画(DCP)」が守る高齢者の未来

私はこれまで、こうした考え方を多くの方に伝えてきました。その都度「言っていることは正論だが、世の中を変えるのは大変だぞ」という助言をいただきました。しかし、目の前で人の命が失われ続けている現実を前に、何もしないことは私たちにはできません。

そこで提案したいのが、「運転継続計画(DCP:Driving Continuity Plan)」という考え方です。

これは、企業が災害時に備える「事業継続計画(BCP)」から着想を得たものです。高齢ドライバー自らが「現在の自分の状態」を確認し、安全運転に必要な理想の状態との「ギャップ」を自覚。それを埋めるための具体的な行動計画(例えば、認知機能を維持するためのゲーム等の活用、足腰の機能を維持するための定期的運動の実施など)を自ら計画し、実行するものです。

これを法律で一律に強制することは、自由権の観点から難しいかもしれません。しかし、自主的な取組として実施できれば、以下のような効果が期待できます。

  1. 自覚の促進
    計画を立てられない、または実行できない状態であれば、それは「安全に運転する覚悟がない」と判断する指標になる。逆に、計画が立てられる、実行ができるのならば、安全運転するためのマインドが備わっている、と判断することができる。
  2. 周囲のサポート
    家族や友人が高齢ドライバーの運転が危険と感じた際、根拠の薄い「年齢」を理由に返納を迫るのではなく、「計画が実行できていない」ことを根拠に説得できる。高齢ドライバーも免許返納の根拠が明白なため、納得感がある。

高齢ドライバーの事故という深刻な社会問題は、効果的な対策を打ち出せていない私たち現役世代にも責任の一端があります。 「対策の不備」を憎み、二度と同じ悲劇を繰り返さないために、私たちは個人の責任を追及するのではなく、誰もが安全にハンドルを握り続けられる仕組みを構築して、事故ゼロの社会を実現したいと考えています。

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