運転寿命を戦略的に延ばす「DCP」のすゝめ ― BCPの視点から考える、親と子の安全戦略

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ビジネスの世界では、もはや常識となった「BCP(事業継続計画)」。自然災害やシステム障害といった予期せぬ事態が起きても、重要な業務を中断させず、早期に復旧させるための戦略です。私は今、この概念を「運転」の世界に持ち込み「DCP(Driving Continuity Plan:運転継続計画)」という概念として提唱しています。

「Business(事業)」を「Driving(運転)」に置き換えた。言葉にすればそれだけのことですが、その中身には決定的な違いがあります。本来のBCPは「事後復旧」、つまり「起きてしまった後にどう動くか」に重きを置くマニュアルです。しかし、運転において「有事(事故)」が起きてから動き出すのでは、あまりにリスクが高すぎます。私が考えるDCPの真髄は、「事故発生と免許返納という有事を、いかに未然に防ぐか」という、徹底した予防のための計画にあります。

これは単なる事故防止のスローガンではありません。高齢ドライバーの「移動の自由」という自立した生活の根幹を、いかに高い品質で継続し続けるかという戦略的なプロジェクトなのです。

なぜ計画は後回しにされるのか

私たちが高齢ドライバーとその家族にとって有益だ、と考えているDCPですが、まだまだ発展途上、という状態にあります。そう聞くと「そんなに良いものなら、なぜもっと世の中に広まっていないの?」と疑問に思われるかもしれません。 実は、その普及を阻んでいるヒントは、本家であるBCP(事業継続計画)が歩んできた歴史の中に隠されています。

BCPという言葉が世の中で注目されるようになって久しいですが、実際にBCPを策定している企業はまだ多くはなく、特に中小企業においてはいまだに数割程度に留まると言われています。その理由は明確です。「BCPがなくて今すぐ困るわけではない」「うちの会社だけは大丈夫だ」という正常性バイアスが働くからです。直接的な利益を生むわけではないこの「守りの計画」に、平時からコストや時間を割くのは組織にとっても個人にとっても心理的なハードルが高いのです。

しかし、無計画のまま有事を迎えた組織はどうなるでしょうか。パニックに陥り、場当たり的な対応を繰り返し、最終的には「廃業(事業停止)」という最悪の結末を迎えることも考えられます。運転も全く同じです。「まだ大丈夫」と根拠のない自信に頼り、具体的な安全運転のための計画を持たないまま小さなヒヤリハットを繰り返せば、ある日突然、家族からの強い反対や事故という形で「強制終了」を突きつけられることもあります。計画がないからこそ、選択肢が「ゼロか百か(続けるか、今すぐやめるか)」という極端な議論になってしまうのです。

「重要度」の真髄

ここで、スティーブン・R・コヴィー氏の名著『7つの習慣』における第三の習慣「重要事項を優先する(旧訳表現 完訳(新訳)では「最優先事項を優先する」)」を引用して、この問題を深掘りしてみましょう。この習慣は、私たちが行動を選択する際の基準を説いています。私たちの行動は常に「緊急度」と「重要度」の二軸で支配されており、それによって以下の4つの「領域」に分類されます。

  • 第一領域:緊急かつ重要(締め切りのある仕事、クレーム処理、せっぱつまった問題)
  • 第二領域:緊急ではないが重要(人間関係づくり、健康維持、準備や計画)
  • 第三領域:緊急だが重要ではない(突然の来訪、多くの電話、多くの会議や報告書)
  • 第四領域:緊急でも重要でもない(暇つぶし、単なる遊び、だらだら電話)

「事故を起こさない」という課題は、誰もが認める緊急かつ重要事項です。しかし、多くの家族が陥る罠があります。それは、本来「第二領域」として腰を据えて取り組むべき高齢ドライバーの事故問題への対策として、「重要度」ではなく「緊急度」を優先して判断を下そうとすることです。

私たちは日常生活の中で、電話やメール、目先の雑務といった「第三領域」の「緊急っぽさ」に振り回され、本当に重要なことを後回しにしがちです。これと同じことが、高齢ドライバーの安全対策でも起きているのではないでしょうか。例えば、「親が危なっかしいから、今すぐ免許を返納させよう」という議論。これは一見、重要度に向き合っているように見えますが、実は「事故」という恐怖から逃れるための、安易な一点突破の考えに過ぎない、ということはないでしょうか。「今すぐ何とかしなければ」という第三領域的な発想に振り回され、親の人生の質を維持しなければならない、という本来の「重要度」を置き去りにしていると考えられます。

ビジネスの現場でも、目先のトラブル対応や、ひっきりなしに届く連絡への対応に追われ、本来最も重要な「将来の成長戦略」が手付かずになることは珍しくありません。しかし、戦略なき組織が生き残れないのと同様に、親の運転問題も「その場しのぎの緊急対応」だけでは解決しません。「危ないから今すぐ免許返納を」という意見は、親の「移動」という生活基盤をいきなり遮断する、極めてリスクの高い「緊急対応」です。たとえ現時点で緊急の事故が起きていなくても、本人の尊厳と安全を両立させる「重要度」に基づいた対応を、平時から構築し続けること。これこそがDCPの目指す姿です。

「一度家族と話し合って高齢ドライバーが免許返納に納得したから、もう大丈夫。」 もし、そう思っているなら、それは「緊急度」に支配される予兆です。これらは目先の不安を解消するための「点」のイベントに過ぎず、解決したつもりになっている状態と言えます。重要事項の本質は、一度きりのイベントではなく、「継続する習慣」にあります。免許返納という一回限りのカードを切って安心するのではなく、何が重要かを考え、高齢ドライバー本人が「これからも運転したい」という堅い意志があるのなら、そのために必要な行動を「線」として継続すること。この「運用し続ける意志」こそが、DCPの神髄だと考えています。

ビジネスの知見を親の安全に注ぐ

最後にお伝えしたいのは、現役世代である高齢ドライバーである親を持つ子どもたちの役割です。

日々、ビジネスの最前線でプロジェクト管理やリスクマネジメント、あるいはBCPの策定に触れているみなさんなら、感情論だけで物事が解決しないことをご存知なはずです。高齢ドライバーである自分の親が「まだ運転したい」と固執するのは、考える視野が狭くなっているからかもしれません。しかし、そこで「危ないからやめて」と近視眼的な緊急度で対抗しては、対立が深まるだけです。

今こそ、あなたが仕事で培った「広い視野」を家庭に持ち込んでください。親の人生という大きな根幹を俯瞰し、全体像をつかんだ上で、「重要度」の観点から解決の方向性を考える。それができるのは、現役世代であるみなさんしかいません。DCPを、親と子が「これからの人生をどう一緒に過ごすか」を語り合うための、共通のプラットフォームにしてください。

「免許返納」という幕引きを急ぐのではなく、安全に運転を「継続」するための仕組みを共に構築する。そのプロセスを通じて、親を正しい道へと導き、最後まで誇りを持って運転してもらう。それこそが、現代における「真の親孝行」であり、DCPという計画が目指すゴールです。

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